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© Hikita Chisato

「悩む人」巡り会った言葉、聞き流した言葉

2021.01.09

仕事との向き合い方を今一度、考えたい。

作家の朽木祥さんが先日ツイッターで
「亡くなった恩師曰く、フリーランスの仕事で重要なことは、まず自分で自分を大事にすること。そして自分(とその作品)を大事にしてくれる人と仕事をすること。そのためには組織や会社の力や大きさでなく、人物をよく見て仕事を受ける、または頼むこと」
と呟いておられた。

深く深く頷いた。様々な現場を見て、たくさんの人とお仕事をご一緒して来たからこそ、今この言葉に巡り会えたことが嬉しいし、しみじみ胸に沁みる。

フリーランスの仕事を15年近く続けて来ているが、もちろんその姿勢は時とともに変わる。独立当初はとにかく、投げられた仕事に必死で食らいついた。個性などいらぬと言われ、ただただ打ち返したこともあるし、多少の無理にも答えられるよう反射神経を鍛えた。「今日中に上がりが欲しい。」なんて、フィルムを現像するにはラボに届け数時間待たないといけない時代にも言われることがあり、その時はラボと事務所を何度も往復し、深夜にクライアントの元へ届けた。誰かに、「フットワークの軽さと腰の低さ、文句を言わない若手が重宝される」んだと聞かされたりもした。

我慢することでお金がもらえてる、仕事とはそういうものだと思われがちかもしれない。わたしも、そんな気分のときもあった。けれど本当はそうじゃない。特に、個人事業主を選んだ人は、誰かの顔色を見て仕事をしたって所詮縁がなくなれば仕事は来なくなる。付いたり離れたり、浮いたり沈んたりしながら稼業を続けて分かったことは、時代は変わるし、自分も歳を取る。長く商業写真を撮るうち、リクエストに答えることを優先させすぎて自分の個性が薄まっていくことがあるかもしれない。(あるいは最初からない場合も。)でも、結局のところ「その人じゃないと撮れない」と思ってもらわなければ始まらないのだし、そんなわたしじゃないと撮れない写真を撮るためにはまず、自分で自分を大事にする必要があると思う。

「歳とるとあれこれ言うようになるから、面倒で使い辛くなる」という話も、同じ人から聞かされたかもしれない。まさにわたしも年々そうなってるだろうけど、仕方ない。そうじゃないと、長年積み重ねたことの意味がないではないか。

人に何か物申すのはしんどい。絶対自分が正しいと言える強さがないならば、我慢する方が楽だったりする。相手の立場や状況も分かるから、なんとかしてあげたいとも思う。けれどわたしは、それでも無理なことは出来る限り「難しいです。」と伝えてきたつもりだ。また幸い、言わなくても顔や態度に出るたちなので、相性の悪い仕事はいつの間にか依頼が来なくなった。その代わりコツコツと「自分を大事にしてくれる人」との仕事を増やしてきたつもり。自分を大事にしてくれる人のことは、こちらも大事にしようと思う。相手が求めることを理解し、また頼みたいと思ってもらう。その繰り返し。

ただ、一番身近にいる夫が「依頼する立場」にある人で、喧嘩になることもある。生計を共にしている立場もあるからか、「我慢してでも仕事をして欲しい」と思っているようだ。やっぱり、側にいるからと、全てを理解してもらおうなんて甘い。どうしてわたしが我が儘を言うのか、どうして好きなことばかりするのか、どうしていつも楽しそうに仕事をするのか。自分を大事にすると時に我が儘になるし、好きなことばかりしていると非難を受けることもあるが、自分で選んだことだから辛くても楽しそうにしているのだ。

最後に、せっかくなのでわたしの恩師の言葉も紹介したい。駆け出しの頃、ある撮影の後に後悔の言葉を口にし、次はもっとこうしたいと言うわたしに放たれたのは、「次はない。」という言葉だ。甘えていたわたしはピシャリと水を掛けられたような気分だったが、真実だ。今後も、受けた仕事はそういう気持ちで取り組んでいくつもりだ。

(初出:WEBマガジン「salitote」:2017)