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© Hikita Chisato

ohashi_to お箸/đôi đũa/筷子

2021.01.09

おはしをテーマに撮ることにしたのは偶然だった。おはしじゃなくても良かった。例えばお茶の時間を撮ると決めれば、世界中のあちこちで写真が撮れたのかもしれない。けれど今は、おはしを選んで良かったと心から思っている。10代の頃から、ずっとずっと興味のあったアジアの国々を巡る旅が始まった。

美味しいものは好きだけれど、どうやったらこの素材を生かして食べられるか考え抜くような探究心も、どこへ行けばこの辺りで一番うまいお店があるか調べる貪欲さも、あるいは店構えを見てここは絶対!と確信できるような優れた嗅覚も持ち合わせていない。胃腸もそれほど強くないから、旅先では用心して少食になる。そういう人は、食べ物をたくさん撮るのが厳しい。けれど、食事の道具を少し距離を置いた場所から撮ることは、食べない人にも出来る。おはしがなくても、おはしの気配がすれば良し!それは「おはしのありそうな風景」になる。

最初に訪れたのが韓国、続いて台湾。そのあとはおはし発祥の地である中国で撮りたいと思った。けれど、中国のおはしを撮ったと自信を持って言えるまでは少し時間を要する。だってあんなに広い国なのだ。それならばまずは香港。それからちょっと視点をずらしベトナムにも行ってみることにした。

香港で淡い水色やピンク色の箸がどさっと一緒に入った箸立てを見た時はテンションがあがった。海岸の側の食堂は、少しのリゾート感というか、非日常の気分を演出する必要があったのだろうか。ファンシーなテーブルクロスも可愛かった。

ベトナムのおはし。わたしはココナッツウッドのものが気に入った。使い捨ての箸よりは、プラスチックのおはしをよく見かけた。黒くてそっけない箸、オレンジ色の箸、緑色の箸。スープには蓮華よりスプーンを添えられる方が多かった。古くは中国に支配され、仏領インドシナと呼ばれたこともあった国。けれど本来匙類にはあまり頼らず、おはしをメインに食事するらしく、そんな国は世界でもベトナムと日本くらいだと言う。おはしの魅力を堪能出来る国だと思った。

アジア以外の場所で撮ったおはしの写真もそっと紛れ込ませた。中華街は世界中にあるし、日本食だってあちこちの国で人気だから、お店でおはしが出てくる場面、アジア以外の国の人が上手におはしを使いこなす様子も気をつけて観察すれば見つけられる。ただ、そのときわたしは「おはしがこんなところにも!」と興奮してしまうため、余裕がなくなる。ここにも、非日常の中にあるおはし。

おはしを使う利点は、手元で食材を切る必要がほとんどないこと。ほとんどは調理場で細かく切り刻みまれ、卓に提供されるので、あとは摘んだり、ちょっとほぐしたりするくらいで済むから、欧米のナイフとフォークの凶暴さに比べると、たおやかなのである。

ホーチミンに向かう飛行機はベトナムエアラインで、隣に座ったベトナム人の女の子は2年間の農業研修を終えて自分の家に帰るところだった。日本語しゃべれる?って聞いたら、ちょっとだけねって少しはにかんだ笑顔で答えてくれた。座席のリクライニングをいっぱいまで倒すところは、外国人だなって思った。到着し、シートベルトサインが消えるか消えないかくらいのタイミングで通路をグイグイと前に進んでいったところも。「ベトナム、泥棒が多いよ。スーツケース盗まれるかもしれない、わたし心配している。」そんなことを言っていた。きっと家族や親戚へのお土産がいっぱい詰まっているのだろう。飛行機だって、全然慣れていない様子だった。無事にスーツケースを受け取り、家族の元にもどっただろうか。

ベトナムを訪れたのは、ライチの季節真っ只中だった。畑には甘くてみずみずしいライチが鈴なりになっているらしい。Instagramでそんな写真を発見してしまい、どうしても訪れたくなった。ハノイから高速道路を使って二時間弱。外国人はもちろん、ベトナムの観光客もほとんど見かけない小さな村の市場で、ベトナムの農家さんや卸業者さんを撮影した。街では「撮っちゃダメ。」って言われたこともあるし、勝手に撮ることで嫌な気持ちにさせることもある。毎回毎回声を掛けていたら自然な光景は撮れないのだから、最近わたしは秘密でレンズを向けることも多いのだ。でも、村の人たちは珍しい日本人に大注目で、とてもこっそり撮らせてはもらえない。代わりに、にっこりポージングしてカメラの前に立ってくれる。畑は残念ながら、もう収穫が終わった時間だった。名残惜しくて畑に隣接する村内を歩いたみたけれど、大きなお屋敷が多い。ライチは儲かるのか。田舎が良いとか郊外や自然の多いところの方が豊かな暮らしができるとか、そんなこと一概には言えないけれど、そのライチ村は楽しそうだった。街は活気にあふれている。けれど、少し疲れても見える。その人たちは代々その街で暮らしているのかもしれないから、本当は都会から少し離れ静かに暮らしたいのでは?なんて思うのは、一面しか見ていない人の言う言葉だろう。貧しい農村でギリギリの生活をしている人もいるのかもしれない。ただ、豊かさを求め街や外国に仕事を求めに行っても、かえって辛くなることもあるだろうなと、ライチ村に流れる穏やかな空気の中ではそんなことを思った。

プロフィール
photographer。クライアントワークスとしてのポートレイトや料理撮影に加え、旅と日常の間にあるLIFEを写真に残す。2014年写真集「a VIDA no Brasil」2015年「JINDAGI life in India」2017年「ohashi_to おはし/韓国/台湾」