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© Hikita Chisato

「悩む人」新しい仕事

2021.01.09

仕事を作る。以前から何となくは頭にはあった言葉なのだけど、近頃ずっとそのことを考えている気がする。

「カメラマン」を目指し活動を始めた頃から、仕事は「貰う」ものだと思っていた。ご指名、ご依頼がないと成り立たない職業なのだから、クライアントの都合に合わせることが何より大事だった。ありがたいことに、破茶滅茶な要望で振り回すクライアントはなく(あるいはなくなって)、人と人としてお付き合いが出来る関係を築けてきたと感じているため、それでストレスはなかった。

ただ、もし新しい場所へ飛び込んだ場合、誰かから仕事を奪うようなことにならないためには、新しい仕事を作るしかないのだな、と近頃感じたのだ。誰かの真似ではない、見たことも聞いたこともない仕事がベスト。例えそれが難しい場合でも、まだその場所では担い手がいない仕事が見つかればそれもベター。既存の仕事で、それを請け負っているカメラマンがいる仕事は、出来れば変にかきまわしなくない。

20代、30代の頃はそんな考え方をしていなかった気がする。年齢のせいなのだろうか、それとも時代の流れだろうか、自分自身の考えが変化してきたなと感じる。

人から何かを奪うとき、人はそれに無自覚なこともあるし、あるいは気がついていないフリをしようとする。カメラマンの場合は、気がついたとしても世代交代の時期だと考えたり、実力の世界だから仕方ないと思ったりするだろう。実際、厳しい勝負の世界ではある。ただ、出来れば競争しなくて良い方向で行けないものかと今のわたしは思う。

奪う。話は変わるのだけど、食料や労働力、エネルギーもわたしたちは奪ったり、譲られたり、貰ったりしていると考えられないだろうか。なくては生きていけないものなのだから、それらも出来る限りは奪わず、気持ち良く譲ってもらいたい。あるいは、出来る範囲で自分自身で作る、そしてその手の中にあるもので暮らすことを考える。そんなことが出来たら、きっと平和なのだなあ。

余りに余っている時はいい。それらが足りなくなったとき、わたしは何が出来るのか、どう行動するのか。もし自分の仕事は写真と撮ることだけだと考えたら、結構厳しいのではないか。もちろん専門性や経験は生かしたい。けれど、40年間(写真を撮り始めてからは25年)それだけで生きてきたわけではないのだから、他にも出来ることが増えていると信じたい。知恵を絞り、何かと何かを組み合わせたら、新しい仕事も作り出すことが出来るのだろうか。自分一人では出来ることは限られるので、誰かと協力しながら新しい仕事が作り出せたら。そのためにやらないといけないこと、磨かないといけないこともまた増えるけどなあと思う。

台湾のブックマーケットに参加中です。この「本を売る」活動も、わたしの「新しい仕事」の一つとして育てて行けたらなあって、そう思っています。どうやって「貰う」のか、それがテーマだった思考回路が変化してきたこの頃です。

(初出:WEBマガジン「salitote」:2018)