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© Hikita Chisato

「悩む人」好きなんだからしょうがない

2021.01.09

何をクヨクヨ。
そう思われないため、ずいぶん取り繕ってきたつもり。
注意深く振るまわないと、めんどくさ、な人の烙印が押される。
世の中、サッパリ、カラリ、男前が男女問わず人気で、何事も気にしない、考えない、寝たら忘れないといけない。

人は誰も、他人の前ならそんな人間を演じることが出来る?
ただ、わたしの周りには、どうやら演じてもない楽天家が溢れている。
母も、夫も、学生時代から一番親しくしている友人も、わたしが常に参考にする、相談する、悩みを吐露する人たちはみな「そんなこと、考えたことない!」と驚くのだ。

思考、あるいは葛藤と言えば少し印象も良くなる。
なぜあの人はあそこであの発言をしたのか。思考する。
遅刻してきた人に注意すべきか、しないべきか。葛藤する。
なぜ仕事をするか。思考する。
添加物を摂るか、外食を控えるか。葛藤する。

ある時、親友が「悩むのが趣味なんだね。」と分析した。
確かに。30代前半、これまで悩みの大部分を占めていた「恋愛」が解決。
だがその後も、哀しいかな次から次へと新たな悩みの種を発見し、温めようとする。
思春期でさえ恋愛問題で誤魔化せていた「何故生きる。」みたいな問いが押し寄せてくる。

過去のこと、未来のこと、考えて仕方のないことは悩むだけ無駄だと聞く。
しかしここで、わたしは宣言したい。
悩むの、趣味なんです。立ち止まりたいんです。一通り、葛藤させてください。

問題は、発想の転換で解決するのも知っている。と言うか、それしか解がないことも。
だけど、立ち止まって悶々する39歳に、不惑とは縁のなさそうなアラフォーに、悩む自由を。

(初出:WEBマガジン「salitote」:2016)