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© Hikita Chisato

天草のテーブル

2018.05.01

家出した猫が戻って来たと思ったら、首輪に手紙が結びつけられていた。どうやらいつのまにか別宅が出来たようで、そちらのご主人からの便りらしい。毎日律儀に2軒を行き来するようになった猫は、文通を始めたご主人たちの郵便配達が日課になった。
そんな噂を聞きつけ、はるばる東京から熊本県の天草市まで取材に行ったのは暑い夏のことだった。決まった時間に朝食を食べ家を出発、昼間はどこかでのんびりくつろぎ、夕方もう一軒のお家に晩ご飯を食べに行く。そんな猫を数日間待ち伏せするって、なんだかのんびりのどかなお仕事。猫が寝床でお休み中はこちらも自由時間、旨い魚を食べさせてくれそうな店を探し回った。

テーブル満席、カウンターなら詰められるよ、そんな居酒屋で隣り合った上口さんは、趣味で釣った魚をその店に卸していた。いい気持ちで酔っ払っていたのか、明日も釣りに行くけど行くか?なんて声をかけてくれた。翌朝、港に集合したのは夜明け前。軽い気持ちで誘ったことを朝になって上口さんはちょっと後悔していたかもしれない。それでも約束の時間には準備万端で待っていてくれて、自慢の船で沖まで連れて行ってくれた。

素人のわたしでも釣り上げられた鯵や、前もって釣って生簀に入れてあった釣果を料理してくれたのは、上口さんの奥さま。見ず知らずの旅人をもてなす、そんなことが出来る人にわたしもなりたい。
鰹節やスルメで誘えば現れてくれるのでは?そう言っていた猫の撮影も首尾よく進み、無事成果をあげ帰京することが出来た。新鮮な魚を釣って食べたおかげかもしれない。

(初出:WEBマガジン「R the TIMES/すべてはテーブルから始まる」:2016)