© Hikita Chisato

お金と子ども

2026.10.01

 30代のわたしは、できればそろそろ母親になりたい、と思っていた。「女は結婚をするものだ」「早く子供を産んで夫を支えろ」親にそんなことを言われたことはなく、親戚に強いられたこともなかった。なのにいつか結婚し、子育てをすると思っていた。結婚したら苗字を変えて、夫の両親や親族に会うときは好感を持たれる格好をしようと思っていた。どうしてなんだろう?

 自分の母親が楽しそうだったからかもしれない。それは母の性質だったのだろうけど、夫や子どもたちのために何かすることを厭わなかったし、いつも明るかった。娘は口が悪いし、息子の反抗期も長かったから、笑顔が消えた時期もそれなりにあった。それでも家族を思い動いてくれる母を見ているうちに、いつか自分もそうなれたらな、と思っていたのかもしれない。

 もう少し社会との繋がりを持ちたい。そんな気持ちも、歳を重ねるうちに強くなったように思う。10代、20代の間は、自分をこの世界でどう活かしていけるか、ということに興味があった。30代になると「誰かのために、何かしたい」という想いがどんどんと大きくなった。子どもと向き合ってみたい。子どもを通して地域や社会と関わってみたい。そう思ってもいた。

 子どもを育てるということは大変なことだろうと想像はしていた。きっとその想像も超えていると思う。自分の時間も自由に使えるお金も少なくなるし、思い通りにいかないことだらけかもしれない。それでも子どもを持てたらなと願い、5年くらいは病院や鍼灸院に通い、治療を続けた。結局は授からなかったけれど、今考えたら、自分の子どもじゃなくても誰かに関われる機会はつくれたはずだし、血縁のない子を家で預かる、という可能性もあった。けれどわたしはそこで、一度立ち止まった。

 子どもを持つことを諦めたあと、写真を子どもの代わりと思い、大事に作品づくりを続けることにした。いつか一冊の本にまとめたいと思って活動をした。わかりやすく必要とされる商業的な撮影だけでなく、誰からも必要とされないかもしれないことに力を注いだ。産めなくても、生産性のある仕事をしていなくても、生きていたかった。誰かの役に立つ写真を撮らないとお金にはならないのだけど、お金のためじゃないことをしたかった。それで社会と繋がりたい、繋がれるのではないか、と期待した。

 自分の生活や仕事が安定し、心やお金に余裕がなければ、社会や地域のために何かをしたいなんて思えない、という話がある。今の資本主義社会において、お金はどうしても重要な要素になので、その通りだろうな、と思う。けれど、社会や地域と繋がっているから心に余裕が生まれる、ということもある。みんながとっても忙しい世の中なのだけど、ほとんどの人が自分一人では生きていけない。お金があれば解決できることも多いのだけれど、お金でなんでも解決できるわけではない。なので、自分のお金を分けられる人、お金を回せる場所、分け合える地域があると思えた方が、わたしはいいなと考えている。子どもにしたかったことも、元を辿るとそういうことだったかもな、と今は感じている。