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© Hikita Chisato

「悩む人」世間ではそれをワガママと言う

2021.01.09

ちょっと長めの写真展月間が終わった。会場に通うには、都心を通らないといけない。慣れない通勤のようなものをしてみると、都会の人の多さ、疲れている人の多さが身に沁みた。世界の平和に貢献するには、まずこんな袖振り合う人たちの心の癒しになるような写真を発表すべきではないか。そんな大層なことを考えながら日々過ごした。人に優しくしたいと思った。

なのに今朝、近所の道路工事現場で怒ってしまった。交通整理をしているおじさんが、20mほど先から「お渡りになってお通りください。」「お渡りになってお通りください。」と連呼していた。しかし、お渡りになるとそちらは日向で暑いし焼ける。わたしは、ギリギリまで日陰を歩きたかったため、反抗的な態度を取った。おじさんはわたしに向かって大声で「お渡りになってお通りください!」と叫んだ。むむむ、むかーっ!「聞こえてますから!わかってます!」わたしは叫び返した。

わたしが心底嫌いなのは、自由を奪われることなのだ。いつも歩く道を塞がれ、反対側を歩かされることでまず不機嫌になる。丁寧に見えて、なんだか慇懃無礼な言葉も癪にさわる。

父親が昔、駐車する際に「右、右右!ハンドル切って。左左左!!!」と指示したときも切れた。お世話になっている先生を助手席に乗せて運転していたら、「はい、停まって。はい、ウィンカー出して、はいそこ左。」と指導してきたときも途端に不機嫌になった。わたしは人の車に乗った際も口を挟まない。人の指示も聞きたくないし、身を乗り出してミラーを覆われたりする方が迷惑だと思うのだ。けれど我が夫は、人を信頼し、助言を聞き入れ、指示に従う。「そっち大丈夫?まだ空いてる?左来てない?」と、助けを求める。無視。

仕事帰り、友人たちの集まりに遅れて行った。その日は車の移動でお酒も飲めないため、さっとお暇するつもりだった。だが、近くの駅まで乗せて欲しいと酔った友人に頼まれてしまった。本当は彼女たちを駅まで送る予定だった家主も、わたしの登場に安心して飲酒を始めたため、止むを得ず酔っ払いが満足するまで付き合わざるを得なくなった。その場は我慢したのだけれど、帰りの車内でフツフツと怒りが湧いてきた。疲れていたため、余裕もなかった。なぜわたしの自由を奪って、この人たちは呑気にクダを巻いているのだ。わたしの我慢の限界は非常に浅く、発車後すぐに怒り狂った。

「疲れていたとしても、自分が来たくて来たんでしょ。当たらないでよ。」「帰りたいなら、こっそり耳打ちしてくれれば良かったのに。」「家主がもてなしてくれているのに、早々に帰れない。」「いつもこのくらいの時間まで飲んでたじゃん。」言い返されたため、その喧嘩は長引いている。

帰りたいときに帰れない。歩きたい道を歩けない。自分のペースで駐車出来ない。そんなことで心底怒る人の気持ちなどわからない人の方が多い。 大半の人は「こんなもんかな。」「協調しないと。」「気を使おうよ。」って思えることがわたしは全然出来ない。

話は飛ぶけど、だからわたしは共謀罪の成立や憲法改正の話など、自由を奪われる可能性があることに敏感になる。決して自分でこの自由を放棄したくないし、奪われたくもない。けれど、いま自分がどれだけ自由を保障されているかは、失って初めて分かるのかもしれない。

(初出:WEBマガジン「salitote」:2017)