© Hikita Chisato

境界線を越える?

2026.09.20

 小さい頃のわたしは、引っ込み思案でおとなしい子どもだったと思う。何がほしい、どうしたい、と言えなかった。同時に泣き虫で、何も言わないくせに、何か言いたいことがありそうな様子だった。ちゃんと自分で言いなさい、と言っても母の背中に隠れるような子だったから? 弟が二人もいたので、わたしが言葉にするのを待っている時間がなかったのかもしれない。あるいは、母は案外せっかちだったのか。「この子は、こっちが好きです」「五歳になりました」などなど、全部代弁してもらっていた気がする。大人になったらそういう訳にはいかないのだから、どこかで自分の意見が言えるようになったのだとは思う。けれど、油断をすると小さい頃のわたしが顔を出す。誰か、代わりに言ってくれないかな。

 東日本大震災のあとに、被災地を訪れたときだった。避難所の一角に、子どもたちが遊べるスペースがあった。同行していたのは、絵描きの男の子。彼は子どもたちと一緒に、絵を描きだした。クレヨンやサインペンで自由に色を塗る彼を囲んで、興味津々に見ている子や、自分も描きたい! と身を乗り出してくる子たち。そこから数メートル離れたところに、気になっていそうだけど仲間に入ってこれない女の子が、ポツンと一人いた。「一緒に描いてみる?」と声をかけてみたら、静かに近づいてきた。

 あとで絵描きの彼から言われた。「子どもは、楽しそうにしていれば勝手に寄ってくるんだから、わざわざ誘わなくて大丈夫だよ」と。確かにそうかもな、と思う。好奇心があって、積極的な子たちは、こちらからアクションを起こさなくても自然と集まる。ただ、小さい頃のわたしが、手を引いてもらわないと輪に入れないような子どもだったのだ。「こっちにおいでよ」「一緒にやろうよ」と言われることを、いつも待っていた。

 言いたいことは、あったのかもしれない。一緒にやりたい気持ちも、あったと思う。だけどとにかく怖がりで、傷つくのも傷つけるのも嫌。うまくできなかったら恥ずかしい。悲しい思いをしたり、いたたまれない気持ちになるくらいなら、黙っている方がいい。そう思っていた。それが少しずつ変わったのは、周りの人のおかげだ。「いいね」「そうだね」「やろうやろう」そう肯定してくれる人たちに恵まれた。「やってみない?」「できるよ」「がんばれ!」そう励ましてくれる人にも、出会えた。少しずつ、言っても大丈夫、行動しても大丈夫、という自信がついた。

 最近、境界線についてよく考える。バウンダリーという言葉をご存知だろうか。人と人との間には適切な距離があり、それを超えないよう配慮が必要、という概念だ。お互いに測るのも大事だし、わからない時は相手に確認をする。セーフスペースという言葉もある。そこは、安心で安全な場所。参加者みんながそこにいていいんだ、と思えるように場を設計する。境界線をひく訓練をするし、スペースを閉じている方が不安が減るということもあるので、ルールを適切に調整する。誰かを意図的に苦しめる人が現れたら、ちゃんとNOと言う。

 ただ、わたしはできるかぎり、場をひらいていたい、という気持ちがある。バリアを解くと、波風が立つ。お互い、慣れないことに戸惑うし、受け止め切れないときもある。だけど、一度は話してみたい、と思ったりする。そして、境界線のギリギリまで近づいてみたりもする。それどころか、ちょっと踏み込みがちかもしれない。関西生まれなので、実はおせっかいな気質がどこかに備わっているのだろうか。でも、小さいころの自分が、そういうおせっかいに救われてきたものだから、ねえねえ。どうしてそう思うの? 一緒にこっちに来ない? 話してみようよ。と言っていきたい気持ちがある。

 人は、自分で自分の限界、境界を決めている気がする。それがとっても大事な時はある。でも、そこから一歩踏み出すと全然違う景色が見えることも、わたしは知っている。その感動が胸にあるので、新しいことに挑戦、開拓し、「怖くなかったよ!」と伝えていきたい。小さい頃のわたしにも、言ってあげたい。