© Hikita Chisato

Message from Mikiko Tamaki

2026.07.18

ほの明るい光を手放さずに、いつか

 あ、おはし。そういえばこの国の食堂にも、この街の窓辺にも。はじめはそんな、旅先での小さな気づきだったのではないだろうか。写真家·疋田千里はその気づきを00年にわたり追い続け、ついに本書が刊行された。 
 仕事仲間として、友人として、私は彼女のおはし写真を見続けてきた。これまで刊行された「ohashi_to」などのzineでは、タイトルのとおり箸が風景のどこかに映り込んだカットが多く選ばれていたように記憶している。しかし本作では、箸は要所要所に見られるのみ。むしろ彼女がレンズを通して捉えた色や光が、ページとページを柔らかくつないでいるように感じた。
 世界中で、誰に見せるでもなく続いている日々の営み。決して華美ではないが陰鬱としてもいない、生活の光に満ちたほの明るい場所に、彼女は目を向けシャッターを切り続けた。私たちはページを繰りながら、その沁み入るような美が宿る写真たちを味わう。そこにリズムを刻むようにおはしが現れて、多様な世界も私たちの日々もまるごとぐるりと混ぜ合わせていく。
 「箸でごはんを食べながら、境界線のない世界を想像する」
 冒頭に掲げられた、本書が希求する「境界線のない世界」は、たぶんすでに本書のなかに示されている。私たちがそう感じられるなら、それはこの世界でもきっといつか、実現する。いま、ますます難しいことのように感じてしまうけれど、守り続けよう、ほの明るい生活の光を。彼女がおはしを手放さず、この場所にたどり着いたことを希望にして。

玉木美企子 編集ライター/文筆家